表現空間S.R 各ページ

無料ブログはココログ

« ゲームを楽しむ方がよっぽど健全と思えるヤバイ体験の実験台となった私 (1) | トップページ | 国境は権力者の思惑を問わずいざとなればすぐに封鎖されてしまうもの (2) »

2020年2月13日 (木)

ゲームを楽しむ方がよっぽど健全と思えるヤバイ体験の実験台となった私 (2)

 今回の記事は当サイト所定条件で無断転載など可能とします。条件についてはこの記事の左にある「表現空間S.R 各ページ」一覧の中にあります。

 この「ゲームを楽しむ方がよっぽど健全と思えるヤバイ体験の実験台となった私」シリーズの(1)はコチラです。

 当サイトのシリーズ記事については特に断りが無い場合、その記事単独で読んでも構わないことを前提に作成しています。
 但し今回の記事ではこのシリーズの(1)の「お断り」を確認の上での閲覧を推奨します

ーーーー

  ・ あこがれた私がバカだったんです、とでも言えばいいのか… (続き) 

 ある競技(以下、競技Aと表記)のスポーツ少年団に入った私は、それなりのあこがれを抱いていた。

 しかし実際に活動を始めてみると…競技Aでは激しく飛び交うボール、そして格闘的要素、こういったことに適応しなければならないという不安…最初のあこがれと希望は日を追うごとに薄れていった。

 当然、活動についていけなくなり、指導者や周囲のチームメンバーからも疎まれる存在になった。
 私に存在する「不安定要素」は大きくなっていった。あるいは新たな「医学的不安要素」が発生したかもしれない。

 「だったらやめればいいのに」と思われる方もいるだろう。しかし当時は(というか今でも、かもしれないが)、無理をしてでも続けることが美談とする風潮が強く、やめたいといっても「イヤなことがあったら逃げるようではダメな大人になる」と無理やり続けさせられるだろうな、と思って「どうにか」過ごしたものだった。

 これが私を成長させたとは思っていない。むしろ学校生活にも相応の悪影響となったであろう。それを思うと…

 1週間の過ごし方について。当時の私のスポーツ少年団の活動時間と同等の時間を、イマドキの小学生が適度に休憩をとりながらゲームを楽しんでいるとすれば、後者の方がよっぽど健全だと思える

 これが…私自身が実験台になった結果からの私の思いである。

 そして…私はこんなことも考えている。
 実をいうと私の親の知人に、当時小学生向けのあるスポーツ団体の指導者の地位にいた人がいるようである。
 その人が当時の私と関わっていたのかということと、その人が今はどうしているのかは不明。

 ただ、今の私とは関わりたくないと思っている可能性も否定はできない。

ーーーー

 ・ 中学校は他の競技の運動部に入ったが…

 当時は(というかこれも今でも、かもしれないが)運動部と文化部の違いについて、基本的に運動部で活動したほうが健全な精神が身につく、というある種の社会的同調圧力につられて運動部に入部。

 但し競技Aは不適切と判断。他の競技とした。その部活の競技を以下、競技Bと表記する。
 競技Aよりはマシだったがやはり適応面で無理があった。やはりというか、学校生活にも相応の悪影響となったであろう。
 同じことの繰り返しになるかもしれないが…

 1週間の過ごし方について。当時の私の運動部の活動時間と同等の時間を、イマドキの中学生が適度に休憩をとりながらゲームを楽しんでいるとすれば、後者の方がよっぽど健全だと思える

 これが…私自身が実験台になった結果からの私の思いである。

ーーーー

 ・ そして高校では…

 せっかく入試に合格したのに部活選びを間違えて学校生活を崩壊させては何にもならない。そう考えた私は迷わず文化部、かつ、身の丈をわきまえてその部を選んだ。
 結果は…今度こそ大成功であった。

 至らぬところがなかったといえばウソになる。しかし、そんな私を支えていただいた部の顧問や先輩、同級生、後輩の皆さんのおかげでそれなりに活動はできた。

 ちなみに入部先を決めるとき、一部の先輩から「うちの部に入らないか」と誘われたこともあった。前述の競技A、競技Bとは違う競技。
 また、ある教諭は「中学で競技Bをしていたなら、高校でもそれをやってみるのはどうか?」と、聞いてきた。

 私はその方々にこう答えた。その方々が悪いわけではないが、過去の体験から私が運動部に入ると不本意ながら指導者や他の部員全員を大きく不愉快にさせてしまう。私の学校生活にも大きな悪影響を及ぼす、と。
 そういってご理解をいただいたものである。

ーーーー

 ・ やっぱりやめておいて正解だった

 私の「不安定要素」と学校生活について。入部先選びに間違いがなかったことが幸いし、小中学校時代に比べて何とかマシだった。

 それから20年以上たったある日、私は久しぶりに当時の同級生たちや担任教諭と集まった。
 私の場合、参加に適切かどうかも怪しい。参加する前はそう思っていた。

 しかし参加を呼び掛けた人が「あの人」だったこともあり、せっかくだからと思い切って参加した。

 私の不安は…いい意味で的中しなかった。それなりに楽しいひと時を過ごした。

 私の青少年時代と久しぶりの集まりを思い起こしながら、このシリーズをここまで書いてきて改めて思う。

 高校時代はやっぱりやめておいて正解だった、と

ーーーーーーーーーーーーーー

  コメント、トラックバック、当サイトへのお問い合わせについては送る前・見る前に画面左の「表現空間S.R 各ページ」一覧をご確認ください。説明のページに入れます。
 送信した時点で説明に同意したものとさせていただきます

 画面左から当サイトの説明や利用規約のページに入れます。当サイトの内容は、利用規約に同意したうえでの利用を前提に作成されております

« ゲームを楽しむ方がよっぽど健全と思えるヤバイ体験の実験台となった私 (1) | トップページ | 国境は権力者の思惑を問わずいざとなればすぐに封鎖されてしまうもの (2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事