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2016年11月20日 (日)

国家のあり方を問うならまず自分たちの会社を何とかしましたか?

 今回の記事は当サイト所定条件無断転載など可能とします。

 昨日、このブログで「自主防衛と現実的な言動 (2)」を書いた。
 
 その記事ではある種の雑誌について、このようなことも書いている。
 
 「 これをお読みの皆さんの中には反日国家なるものたちについて、派手な見出しをつけた記事が多く書かれた雑誌などを読んだことがある方もいるかもしれない。
 あるいは、雑誌などそのものは見たことがないが、それに関する派手な見出しの新聞広告なら見たことがある、という方もいるかもしれない。

 

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 ・ 「お前が言うな」になっていなかったか?
 
 「ある種の雑誌」では国を愛する心、わが国の将来といった愛国的な記事も多い。また一部のテレビ番組でもその雑誌に似たようなものがある。
 ここで疑問が浮かんでくる。
 というのも、「あることに関して日本をダメにした原因」が、その雑誌の出版社・放送局自体に存在しているといってもいいことがあったからだ。
 
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 ・ 「あること」とは…
 
 1990年代後半、私は若いころ(高校生時代を含めて)、こんなことを考えたことがあった。
 報道を見ていると、こんなやり方は名誉やプライバシーの侵害にならないか、と思うことも少なくなかった。
 ただ……
 
 その当時は万が一責任問題に発展しても、最悪の場合でも企業にとっては安い賠償金で片付けることができた。
 つまり、人様の名誉やプライバシーをズタズタにすることを「最悪の事態を考慮して賠償金を見込んで計画を立てればいい」と計算してやらかすといったこともまかり通っていた。
 
 当時の私は「だからこそこんなことができるんだろうな」とひねくれた感情を覚えたこともあったものである
 
 2000年前後に問題が大きく扱われるようになるまではまったくといっていいほど自浄作用に期待できなかった、と言っても過言ではなかっただろう。
 
 これらのことを考えると、日本の将来を考えるといった類での報道・出版を行う者たちはまず自分たちの会社はどうだったかを思い出してみては、ということにならないであろうか
 
 特に会社の責任者に該当する者たちは
 
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 ・ 「甘え」についても「お前が言うな」だったかも
 
 2016年の今、わが国では経済問題で悩んでいる人、それに関して声を上げる人が少なくない。
 そんな人々に対して「がんばりが足りない」「甘えだ」と偉そうに言う者たちがいる。それを報道・出版を通じて流す者も。
 
 だが今回の記事からすると、イマドキの若者より昔の人たちのほうが苦労しなくても荒稼ぎができた時代だったとも考えられる
 
 報道・出版ということ自体は技術の発達などで昔よりは簡単になった。しかし、である。
 前述で述べた「昔の報道・出版姿勢」を真似した場合、名誉やプライバシーについての責任については現在のほうがよっぽど厳しく問われるようになっている。
 もちろん賠償金も相応のものになっている。
 

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