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2015年9月17日 (木)

現在の「暴力」の基準からすると私が青少年時代の富山県魚津市はどうなるか?

 今回の記事は当サイト所定条件無断転載など可能とします。

 今回の記事中に出てくる私の出身校名は私が卒業した当時のものです。
 また、現在の在校生は私が在校中の出来事とは無関係であることを予めお断りしておきます。その点をご理解願います。

 各報道で小学生が荒れている、という記事を目にする。それを見て1977年生まれの私が思ったこと。
 確かに暴力行為はひどい。場合によっては厳罰もやむを得ない。ただ、昔に比べて荒れたというより、昔は計上されなかったことでも現在では計上されるようになったから増えたように見えるだけの可能性もあるかもしれない、と。

 それどころか、1990年3月に富山県魚津市立吉島小学校を卒業した私はこんなことまで考えている。
 現在の調査方法で私が小学生だった頃の全国の小学生を調査していたらどんな結果方法になっていただろうか、と。

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 ・ 調査範囲が昔と違うのか…

 次のYahoo!ニュースを参考資料として見てみる。このニュースについては当サイトの参考資料考慮事項の1、2を念頭に置いた。

 <  <問題行動調査>「荒れる小学生」浮き彫りに http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150916-00000062-mai-soci 配信:毎日新聞  最終更新:9月17日(木)3時41分 >

 今回の調査範囲は2006年度以降のものだという。また、全国の国公私立小学校で起きた子どもの暴力行為が、2014年度は1万1468件だったとも書かれている。
 記事中にこのように書かれていた。

ーーーーー引用開始ーーーーー

 小学校の暴力行為の内訳は▽対子ども7113件▽対教師2151件▽器物損壊1997件。学校内1万605件、学校外863件。暴力を振るった小学生は1万808人で、学年が上がるほど多い。ただ、学年ごとに06年度と比較すると、小1が5.0倍に増えるなど学年が下がるほど増え方が大きい傾向にある。「小1に何度も蹴られ、教師が通院」「登校中に注意されて通行人に暴行」というひどい事例があった。

ーーーーー引用終了ーーーーー

 さらに数値についてはこのように表記されていた。前述のYahoo!ニュースより画像を引用する。

Si_20150917_3

 ・ 対子どもについては昔だったら被害者を悪者にして終わらせたケースもあるかもしれない

 どういうことかというと、被害者が苦痛を訴えるような表情をすると「そんなことだから加害者が面白がっていじめがエスカレートする」などと被害者を悪く言ったり、最悪、被害者を責める大人さえいたものである。
 しかも小学生向けの児童文学にまで、そういったことを肯定するようなシナリオのものもあった。

 当時のこんな大人達(児童文学の制作関係者含む)を 当サイトの「そんなに特定の年齢層、世代、趣味を持つものばかりが悪いのか!?的年表」に照らし合わせると、現在の年齢は中高年、そして高齢者もいるであろう

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 ・ 対策法としてこれはヤバイ

 短絡的に昔に比べてイマドキの子どもは悪くなったと評するのはもちろん良くないが、さらにそれに加えてしてはならないことがある。
 子供が悪くなったのは「厳しい」教育ができなくなったからだ、などと行き過ぎた指導・処罰や体罰とされる行為を容認・推進するのはいただけない。

 もし子どもの落ち度を強調して不適切な行為をおこなうことを正当化する者がいるなら、私は心の中でこんなことを叫んでしまう。

 「よせっ!富山県魚津市立東部中学校のある生徒みたいに『俺にも暴力を許せよ!』なんていう者が出るかもしれないんだぞ!」と……

 今だったら体罰・暴力として批判されることでも、私が中学生だった頃(1990年4月~1993年3月)は被害が表に出にくかった。
 富山県魚津市立東部中学校は私の出身校。そこに限らず当時は日本全体が教師の不適切な言動に現在よりは寛容だった。

 当時の生徒達の親や教師は知っているだろうか?現在では不適切とされる教師の言動から、一部の生徒がとんでもない言動を他の生徒にやらかす事態にまで発展したということを……
 これについては機会があれば書いていく。

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 ・ 最後に

 今回の記事では私の出身小学校や中学校について触れてきた。正当な批評とされる範囲について十分注意して書いたが、それでも当時の在校生や教職員の中には不快に感じるという方もいるかもしれないし、それ自体はやむを得ないと考えている。

 しかし私に危害や圧力をかけるどころか、私を殺してもどうにもならない、ということは強調しておく

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