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2011年6月

2011年6月 6日 (月)

苦労話の悪用よりは正当な支援の要望のほうがまだマシだ

 <追記:2011年6月11日 加筆終了>

 今回の記事は当サイト所定条件無断転載など可能とします。吐き捨てるような記事タイトルを見て「何事?」と思われた方もいるかもしれませんが、意味についてはこれから触れていきます。

 このブログは私が管理するサイト「表現空間S.R」 http://www.geocities.jp/hyoku_sr/ の一部として運営されています。
 当サイトでは2011年6月4日に管理人のプロフィールのページを改訂いたしました。1977年生まれの私の青少年時代やそれ以前の時代にいろいろな思いを抱きつつ……

 あるテレビ番組で若者や30代に関する就職事情に触れていました。そういった世代の制度面その他の支援や対策を願う声も紹介されていました。
 それを見たであろう50代または60代はこう言いました。
 いろいろ嘆いているようだけど、自分たちが若い頃だって苦労してきたんだよ、と。
 この番組はリアルタイムで視聴者からの意見を募集し放送するという形式を取っていました。

 これを見た私はこう思いました。確かに昔の人も苦労した面もあったでしょう。しかし、今の世代のほうが大変な面もあるんですよ、と。
 そして…

 世代を問わず、ですが自分が苦労してきた話を強調し、自分を良さそうに見せたり、不当に正当化しようとしたり、悪い面を過小評価させようとしたりするような輩がいることも事実です、とも思いました。
 言うまでもありませんがその人が他の人より苦労してきたからといって、その人の言動すべてが必ずしも正しいとは限りません。

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 当サイトで何度も述べてきましたが…私、庫発りべるきは犯罪被害者やその周囲の方の処罰感情を思うと、確かに厳罰もやむをえないことがあると思います。
 しかしそれと同時に、厳罰ばかりが適切な犯罪被害防止や被害者の権利保護ではないと考えることもあります。
 加害者が被害者より苦労してきた面もあるかもしれませんが、それを強調し加害者自身またはその支援者が被害者に対して感情を抑えさせるようなことはあっていいのだろうか?
 そういったことにも触れていきます。

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