犯罪被害、理不尽な要求もあれば、「自分は苦労してきたから許される」なものも
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Yahoo!ニュースを巡っていくと、富山県関係で犯罪被害者の権利に関するものがあった。
< 被害者支援センター:少年警察補導員から転身 高野さん、経験生かし相談員に /富山 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090710-00000281-mailo-l16 7月10日17時0分配信 毎日新聞 >
県警の少年警察補導員として35年間働いてきた高野さんという方(57)が今年4月から、とやま被害者支援センターで相談員として活躍している。同センターは先月、社団法人化した。
高野さんは今春まで、少年事件の捜査や加害少年の立ち直り支援などに取り組んできた。
被害者支援に携わるきっかけは97年、犯罪被害に遭った女性からの悩みや相談を受け付ける「女性被害110番」の担当に異動したことだったという。犯罪被害者の「その後」について話を聞いているうちに犯罪者支援の必要性を意識するようになり、今年3月、35年という節目に県警を退職し、被害者支援センターの相談員に転身したという。
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私は1977年生まれ、富山県に住んでいる。富山県の内外を問わず、そして私と同年代であれ、上の世代であれ、下の世代であれ、こんな類の行動や犯罪さえ起こしかねないと思われるものがいる。
死刑になってもおかしくないほどのことを仕出かすヤツも……
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相手に理不尽な要求を吹っかけ、聞いてもらえないならと犯罪に走る奴もいる。暴言や名誉毀損などをすることも。
相手に落ち度があれば、相手への助言などを交えれば暴言じみた言い方でも正当化する。
最悪の場合、自分の示威的な判断で「落ち度」と決めつける。
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さらにはこんな奴もいる。
世間には何かあれば怒鳴られたり、肉体的な攻撃を受けるのが当たり前の厳しい世界で苦労した人もいる。
しかしそれと人格面の向上とは別問題である。なぜなら、こんなケースもあるようだから…
前述の相手に落ち度がある、または自分でそう判断しただけでの暴言を正当化することについて、あろうことかそれが正しいと思い込むようになってしまった。
人の怒りを買って当然の暴言でも相手が怒れば、反論の仕方が悪いから暴力行為、最悪、殺人までされても仕方がないと思っている。
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また、前述の「厳しい世界で苦労してきた人たち」の中には程度の差はあれど、残念ながら身勝手な犯行を起こして加害者になったとしても、被害者が加害者ほど厳しい世界で苦労してきたわけではないことを理由に、「自分はこれだけ苦労したのだからその分罰が軽くされる」と思い込むこともある。
あるいは加害者自身、または加害者の支援者と称するものが「あなたと違って加害者は苦労してきたんだぞ、わかってやれよ!」なんて言い方を、多かれ少なかれすることもある。
一応申し上げておくが、いくら加害者が被害者より苦労してきた人であっても、正当な被害者感情を否定してはならない。加害者を支援するにしてもこんなやり方では被害者とその周囲の方々がブチ切れて当然であろう。
これをお読みの皆さんはお分かりだと思うが……。
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確かに甘やかされてワガママになってしまった人物にも警戒すべきかもしれないが、それは多くの人が用心するから考えようによってはまだマシかもしれない。
報道機関を含めた世間では、厳しい世界で苦労してきた人というだけで褒め称えることが多い。そういうことからすると無用心という面では余計にタチが悪い。
だが犯罪防止を考えるのならば、厳しい世界で苦労したための原理主義も警戒すべきともいえよう。
ところで、何かあれば自分の子ども、部下、後輩、弟子などを「厳しく」してきた方々、あなたが育成してきた人たち、大丈夫なんでしょうね?
またそれ以外の方々でも、あなたの周囲は大丈夫ですか?
そして、あなた自身……
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犯罪者の更正にせよ、被害者の支援にせよ、富山県の内外を問わず、こんなことも考えてみては、と思う。
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私が死刑廃止論者になれない理由はいくつかあるが、そのうちの一つが、前述の思いである。
さらに、死刑廃止論者は「厳罰より更正プログラムの充実を」と主張するものがいる。これには理解できる。
その上で、「自分は厳しい世界で苦労してきた」なんて考えを基に、被害者を悪者にするような原理主義的な者を更正できるか……?なんて考える。
ただ私は、死刑廃止論者の主張にも納得させられたり、共感することが多い。
ちなみに死刑廃止論者には、「厳しい世界で苦労したのだから指導や助言のためと称すれば何をやってもいい」、なんて考えに否定的な方も多い。
それもあって私は、死刑制度で意見が合わなくても「まあ、いいか」とあっさりした気持ちになることもしばしば。
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